速読ブックレビュー・書評
木村インストラクター書評
『プロ野球なんでもランキング 「記録」と「数字」で野球を読み解く』
(イースト・プレス)
広尾 晃 (著)
264ページ
月間70万アクセスの人気サイト管理人が、プロ野球76年5900人以上のデータを徹底解析。「数字」にこだわると意外な真実が見えてくる。
データを駆使すれば、野球の見方が180度変わる!
【読書の所要時間】 1~2回目 各30分(精読)
個人ブログをやっている私には、同じブロガーとして尊敬する人が何人かいます。そのお一人が、今回書評で取り上げる本の著者、広尾晃(ひろお こう)さん。
この方、なんとお1人で3つものブログを運営されているのです。プロ野球やメジャーリーグの現役選手中心に記録を語る「野球の記録で話したい」。過去に活躍した野球選手や知られざるプレイヤーの記録を扱う「クラシックSTATS鑑賞」。野球以外のありとあらゆるジャンルを語り尽くす「59’s日々是口実」。
中でも、「野球の記録で話したい」の更新ペースは凄まじく、1日2本以上の新規記事を日々投稿し続けておられます。残る2つも、数日に1本のペースで執筆。量ばかりでなく、1本1本の記事の質も大変高く、該博な知識と着眼点の鋭さには、全くもってお手上げと言うほかありません。これに加え最近では、メールマガジンや野球ライター業にまで手を広げておられます。
並外れたバイタリティ。1日のうち約4割の時間を、ブログの執筆や記録の整理、野球観戦に充てておられる広尾さん。本業は広告関係のライターのお仕事。本業が別にあってこの充実度。もはや趣味の領域は超越していると言っていいでしょう。
広尾さんはそんなご自分について、「いい歳をしたバカ」と自嘲されているのですが、私などは、そこまで書くことに夢中になれて、時には寝食を忘れるほどバカになれる人が羨ましい。嫉妬してしまいます。バカになれるのも才能なのか、私ももっとバカになれるんじゃないか、バカにならなきゃいけないんじゃないか。広尾さんの記事を観るにつけ、そう思うわけです。
プロのスポーツ記者も一目置くほどの広尾さんのブログ。それが遂に本になりました。今回ご紹介するのがそちら。『プロ野球なんでもランキング』。80年近い歴史を誇る日本のプロ野球に籍を置いた打者と投手の個人記録が、様々な角度から切り取られ、一つ一つの記録に対して、奥深い考察が加えられた一冊。
一口に記録といっても、切り口が変わると見え方が変わる。その一例をご紹介しましょう。
プロ野球のシーズンホームラン記録を例に取ります。シーズン最多本数は55本。「世界のホームラン王」王貞治を始め、アレックス・カブレラ、タフィ・ローズの3人が記録したもの。
ところが、ホームランは本数だけで価値が測れるものではありません。球場の広さやボールの飛びやすさなど、用具や環境によって、打撃成績は影響を受けます。特に2011年、飛距離の出にくい国際使用球への対応を目的として、従来のボールよりも反発係数を抑えた「統一球」が導入されたことで、打者成績は総体的に低下しました。
そんな中、1人気を吐いたのが、西武ライオンズの中村剛也。彼が2011年に放ったホームラン数は48本。この年、パ・リーグのホームラン総数は454本。千葉ロッテマリーンズのホームラン数は46本。彼1人のホームランが、リーグ全体の1割以上を占め、一チームのホームラン数を上回りました。中村は、2009年にも同じく48本塁打を記録していますが、この年のリーグ本塁打は765本。ホームランが出やすい年と出にくい年を同列に扱うのは不公平です。
そこで広尾さんが引き合いに出すのが、TBA(True Batting Average)という指標。打者の真の実力を測るため、リーグ全体の記録が伸びた年と落ち込んだ年を平準化した結果、2011年に中村剛也が放ったホームラン記録は、一体何本に相当するのか。驚かないで下さい。その数なんと74本。王貞治の55本を遥か上回る本数です。ちなみに、王が1964年に記録した55本塁打は、TBAに直すと53本。
香川県出身の私としては、郷土高松の大先輩で、西鉄ライオンズ黄金期不動の四番打者・中西太の記録も見逃せません。1950年代、飛ばないボールの時代に打ち続けたホームラン。1953年の36本、1955年の33本、1956年の29本は、本数だけ取れば並の数字です。が、TBAに直すと一気に数字は跳ね上がり、それぞれ66本、64本、60本となり、不滅の大記録と思われた王の記録を上回るのです。それだけ彼が傑出していたということですね。
もうひとつ、ホームランと並ぶプロ野球の華といえば三振。投手の奪三振記録に注目しましょう。
往年の大投手、金田正一、稲尾和久、江夏豊などに代表される昔の野球は豪快で、バッタバッタと三振を取りまくっていた。そんな先入観、お持ちではないですか? 実はそうでもありません。投げるイニング数が長かった昔のピッチャーは、通算奪三振数こそ多いものの、1試合9イニング当たりで奪う三振数に換算すると、近年の投手が上を行きます。
9イニングで奪う三振の数。これを「SO9(Struck Out 9)」と言います。通算SO9のトップは、メジャーリーグでも活躍した野茂英雄。日本にいた頃の投球回数は1051.1イニング。それに対して奪った三振は1204。SO9は10.307。9回を投げて10個以上の三振を奪う計算です。
SO9の2位以下も、杉内俊哉、伊良部秀輝、ダルビッシュ有、石井一久、松坂大輔、田中将大と、7位までが90年代以降に登場したピッチャー。しかも伊良部以外は現役です。8位にようやく江夏豊がランクイン。それだけ今の投手は三振奪取能力に秀でています。
なぜでしょう。それは、変化球のバリエーションが増えたからです。昔は限られた球種で勝負し、三振は主にストレートで取りに行っていました。しかしながら今は違います。ストレートで打者を追い込み、鋭く曲がる変化球で三振を取りに行くのが主流。故に三振の数も増えるというわけです。
このように、記録や数字は、違う尺度を採用することで、随分と見え方が変わってくる。そこには、時代や環境の変化が映し出されています。広尾さんが強調されたいのはそこです。ある一つの素材を料理する場合に、切り口や調理法を変えることで、全く異なった仕上がりになるのと一緒ですね。多種多様な物の見方が世界の景色を一変させ、ともすれば見落としがちな事実を指し示してくれる、ということです。野球に限らず、何にでも当てはまる考え方ではないでしょうか。その意味で、野球やスポーツに興味のない方にも、一度は手に取っていただきたい良書ですね。
(木村インストラクター 2013年8月)