速読書評 羽生名人の『直感力』① | SP速読学院

速読ブックレビュー 羽生名人の直観力①

辻インストラクター書評『直観力』

直観力 (PHP研究所) 直観力 (PHP研究所)

羽生 善治 (著)
224ページ

生涯通算獲得タイトル数歴代1位、史上最速での1200勝達成、王座を奪取し三冠! 進化を続ける希代の棋士の「直感力」を初めて開陳。迷走続ける現代社会に生きる我々に、自分を信じ、突き進む力と勇気を与える一冊。

【読書の所要時間】 1回目 1時間30分(精読~熟読)、2回目 20分(全体理解)

-棋士の武器となるものは“直観”と“読み”と“大局観”-。将棋の世界で史上初の永世七冠に輝いた羽生善治さんの掲げる棋士の三要素です。そして本書では、上記のうち“直観”が主に語られます。
 直観とは何かという問いに、皆さんは明確に答えることが出来るでしょうか?おそらく、定義づけはひどく曖昧なものにならざるを得ないでしょう。誰しもに“ひらめき”や“洞察”というニュアンスを連想させるのですが、それでいて、あらゆる語を尽くしても説明し切れないような意味の広さ奥深さを感じさせる言葉です。
 このような曖昧な概念に、著者の羽生善治さんは一つの指針を与えています。将棋に直観が発揮される時、それは「見切る」力となって顕現するといいます。「いかに悪手を見極められるようになるかが大事で、次第にたくさんの手を考えずに済むようになっていくことが、イコール強くなる、進歩していくことになる」。無限の選択肢の中から、極々少数の生き筋、状況の要諦、勝負の首根っこを押さえる一手を的確に選び出せる、こういった能力ということでしょう。本書では、そういった“直観力”の何たるかについて、また直観力を養う方法について、羽生さん自身の将棋経験に照らしあわせつつ、語られます。
 将棋の世界の勝負とはどのようなものなのでしょうか。その勘所が、羽生さんの掲げる三要素には凝縮されているように思えます。定石をもとに積み上げられ、計算しつくされた合理的な判断能力である“読み”の力。本書で扱われる“直観”は、そういった合理的能力とは対極的な力といえるでしょう。(残る一つ、“大局観”についても、羽生さんは本を書いておられます。『大局観-勝つための準備、そして決断の仕方-』(角川ワンテーマ新書)興味がおありでしたら是非!)
 “直観”の世界はいきおい、非合理的な性質をふんだんに含むものとなります。あらゆる局面で、こと仕事において、ハッキリとした数字に基づくデータ・論理的な思考・利害計算の行き届いた緻密な戦略など、合理性がもてはやされる今の時代に、羽生さんは一見真逆な提案をしています。「何も考えない」「空白をつくる」「囚われない」などなど… 飄々とした羽生さんの容貌が浮かぶようです。
 羽生さんの主張は遊び心に満ちています。無為の境地に逍遥するような言葉の数々は、一見単なるお気楽主義に映るかもしれません。しかし羽生さんが身を置く業界が、勝ち負けによってのみ実力の判定される世界、これ以上ないほど明暗のはっきり分たれた世界であることを忘れるわけにはいきません。本書では、羽生さんの経た試行錯誤が、棋士の世界に名を残す先達との思い出などとともに語られます。朴訥な容貌の裏で、悪戦苦闘を重ねる羽生さんの面魂が見え隠れすることでしょう。
 事実、羽生さんは決して努力を放棄しません。「直観は、本当に何もないところから湧き出てくるわけではない。考えて考えて、あれこれ模索した経験を前提として蓄積させておかねばならない」。
 少し読み進めていけば、本書の主張が、ただのお気楽な“どうにかなる”主義でも、かといって単純な刻苦勉励のすすめでもないことがわかってきます。余白や遊び心、非合理性を押し出しながらも、決して合理主義を捨てているわけではない。かといって、矛盾する両者を適当な割合でブレンドせよということでも、単純に使い分ければいいということでもありません。意識的に何も考えない時間を持つこと、あえて一見無駄な事物に心を遊ばせること、それがその実最も合理的なみちゆきであり、妥当なのだという深淵微妙さが本書の底流をなしています。そういった心構えの昇華、発露が“直観力”なのでしょう。
 とはいえ、語り口は実に読みやすい一冊です。一例を引けば、書中には、「時には潔くあきらめることも必要だ」という、分かりやすい言葉があります。しかしその同じ箇所で、「あきらめない精神を築く」ことの重要性を説いてもいるのです。「見極めが利く」ことと「往生際が悪い」ことの紙一重の差。このような、曖昧な考え方の差異を肌で掴むような力、つまり直観力について、明快な口調で語られています。
 その他、想像力や創造力、個性、日本の文化性など、現代では手垢にまみれた言葉が、勝負師としての経験を交えた羽生さん独自の視点から読み解かれ、広がりを与えられます。
 “直観”という言葉に惹かれる方、羽生さんの人となりや棋士の世界に興味を持たれている方、単に努力や合理性一本槍の風潮に疲れた方など、様々な方におすすめしたい本です。

(辻インストラクター 2012年12月)


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