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速読の理論 あなたの読書スピードと、日本人平均値の関係

あなたの読書スピードと、日本人平均値の関係

それでは、この章からは、SP式速読法の具体的な内容に踏み込んでいくことにしましょう。
日本人の3人に2人は、読書スピードは400文字~800文字/分の範囲にあることが分かっています。平均読書スピードは毎分600文字で、文庫本1ページの平均文字数が約600文字(古い文庫本には800文字ほどのものもあります)ですから、1分間に1ページを読んでいる、というスピードになります。
ではここで、あなたの読書スピードを計測してみることにしましょう。できれば、お手元に、ストップ・ウォッチをご用意ください。
読書スピードについては、どんなジャンルの本でも同じペースで読める、というわけには行きません。
次のA(新聞記事の社説)、B(推理小説)、C(センター試験の現代文)、D(専門書)、E(憲法の法律判例)、F(高校入試の問題文)のどれかを選んで、読み始めと読み終わりでストップ・ウォッチを押し、所要時間を測定してみてください。
この時、速読だからというので、無理をして速く読んではいけません。いつもの読み方と同じ感覚で読んでください。


A(新聞記事の社説)
朝日新聞社説(福島大学経済学部入試問題)
「知の組み替えはできるか」
-----------はじめ-----------
こんなに盛りだくさんの改革策を、誰がどんな方法で実現できるのか。
文部省の大学審議会による「21世紀の大学像と今後の改革方策」の中間まとめは、現在の大学に問題点が山積していることを端的に示した。戦後日本の高等教育のあり方について、ひとつの決算を迫ったと言える。
時代に遅れ、世界の水準に追いつけない、といった大学と学生の現状が、まとめから浮かんでくる。一方で、情報革命や環境・生命問題など地球規模の課題の噴出に代表されるように、21世紀を目前にして、研究・教育機関は「知の組み替え」を切実に求められている。
少子化が進み、数字の上では志望者の全員入学時代も間近だ。そのときは「価値ある大学」でなければ私立は倒産し、国公立もその立場に安住できまい。研究者に続いて学生の海外流出も予想できる。大学人自身による改革が必要だ。
世間の目に移った大学の評価は、これまでは偏差値で測られた。だが、生涯学習や国際化の流れの中で、きちんとした教育・研究はむろん、起業家養成から公共政策の研究、さらに留学生の受け入れまで、社会が大学に求める価値は多種多様になってきている。先進国では例外的に比重の低い大学院の拡充も急務だ。
しかし、いま一番の問題は、学生の「質」の低下という大学の基本的使命にかかわる課題が問われていることである。入り口よりも「出口」の門戸をせばめよ、という提言は十分うなずける。
-----------おわり-----------

B(推理小説)
「謎の殺人事件ミステリー劇場」若桜木虔、河出書房新社
「ひかり&こだま殺人事件」
-----------はじめ-----------
夏まっさかりの八月、田淵哲也・小夜子夫妻は、東京駅を九時四九分発の新幹線《こだま》で、新婚旅行の最初の目的地の京都へ向っていた。
《ひかり》でなく、遅い《こだま》にしたのは、仕事の都合で急にスケジュールを変更する必要があり、間近だったために切符を確保できなかったのである。
その《こだま》がまもなく静岡に到着しようというとき、車内放送があった。
「東京の田淵哲也様。東京の田淵哲也様。お電話が入っております。おられましたら……」
それを聞いて、田淵は首をかしげながら立ちあがった。
「おかしいな。新婚旅行中の人間を追いかけて、新幹線にまで電話をかけてくるとは、よっぽどの急用かな?ちょっと電話してくる」「行ってらっしゃい」と、小夜子は深く考えもせずに新婚の夫を見送ったが、それが生きている夫の姿を見た最後になった。
20分たっても、30分たっても、田淵は席にもどってこなかった。
浜松を過ぎたところで、ようやく不審に思い始めた小夜子は席を立って、電話のところまで行った。
しかし、田淵の姿は見当たらなかった。
「おかしいわねえ。いったいどこに……」と、小夜子が首をひねっていると、「大変だ! 人が死んでいる!」という大きな声が隣の車両であがった。
まさか、と思いながらもそちらに行った小夜子は、車掌の背中越しに、床に倒れている人の姿を見て、金切り声の悲鳴をあげてしまった。夫の田淵が絶命しており、その腹部には、深々と登山
-----------おわり-----------

C(センター試験の現代文)
「文化的支配に抵抗する」中西新太郎
-----------はじめ-----------
一日に放送されるテレビ番組を全部見るには何日もかかるだろう。その情報の山の大半はしかし、しらなくてもよいこと、製作局はちがっても中味は似たりよったりの代物じゃないか、―そう言って非難しても、されたほうは全然こたえないのが大衆文化というものの特徴である。見る、見ないを選択する自由は視聴者の側にあるというわけだ。「俺のこと無視してもいいからね」と枕詞を用意しておいて語り出すのが現代の大衆文化に行き渡った話法なのである。
ところで、相手を無視する自由にははね返りがある。「文句を言うのはそちらの勝手だけれど、それでこっちの自由を束縛するのは困る」という理屈。「言論・表現の自由」という理念がこの理屈を正当化するために使われることにも注意しておこう。大衆文化の下劣さやずうずうしさがまかりとおるのは、「お互いに無視しあう自由」というニヒリズムを武器として懐に隠しもっているからで、これを振りかざせば大抵の批評は、余計なお説教として無視できてしまう。
こういうやり方はじつをいうと、弱者が強者に抵抗するとき使用する「戦術」なのだった。権力者や権威をもった既存の体制にたいして、卑小な自分の言うことなぞ大したことでないのだから目くじら立てるな、と下手に出ながら相手をこきおろす。まず自分を卑下しておく道化の振りによって、客観的に存在している権威的(上下の)秩序を観念的に水平にしてしまう巧みな業。
-----------おわり-----------

D(専門書)
記憶術とは、どのようなテクニックを用いるものかを実例をあげて説明せよ。また、それは情報処理というう立場からは、どのように解釈されるかにつき考察せよ。
「心理学の基礎知識」波多野誼余夫、有斐閣ブックス
-----------はじめ-----------
一般に、数字、無意味綴、単語の冗長度の低い系列を多数おぼえることはきわめて困難であるが、日常生活でそれが要求される場合も少なくはない(たとえば、円周率をおぼえる、鉄道の駅の名前をおぼえる、など)。このような場合、人間はさまざまな情報処理を行なって、記銘・保持・再生を容易にしようとするのが普通である。こうした情報処理の方式のうちで、比較的安定しており、かつコミュニカブルなものが、記憶術にほかならない。
記憶術の効用を顕示するためには、数字のランダムな系列などを短時間で記憶させることが多いが、わが国でも優秀な能力-200の数字を9分ぐらいで記憶してしまう-をもつ記憶術者がいたことが記録されている。この術者は、-数字を適当な呼称によみかえることによって、一群の数字を単語に変換する、-その単語を、生まれ故郷の町の公園の風物に対応させる、という2段階の情報処理を記銘の過程で行い、風物のなかば映像的な系列を保持し、再生のさいにはこれを逆に変換してもとの数字の系列を得ていた、と報告されている。たとえば、「8797506184」というのを、「ヤナギ、ナツ、トリイ、ハス」すなわち「柳、夏、鳥居、蓮」と変換し、これを公園の一区画の風物と対応づけておぼえていくのである。
-----------おわり-----------

E(憲法の法律判例)
電話の傍受と通信の秘密東京高裁平成4年10月15日判決
<判旨>控訴棄却
-----------はじめ-----------
(1)
「電話による会話が何らかの制約も受けないものではないことはもとよりであり(刑訴法222条1項、100条は、捜査官による郵便物及び電信に関する書類の押収を認めている。)、犯罪の捜査においては、通信の秘密が侵害されるおそれの程度を考慮しつつ、犯罪の重大性、嫌疑の明白性、証拠方法としての重要性と必要性、他の手段に出る困難性等の状況に照らして、真にやむを得ないと認められる場合には、電話の傍受等を行っても、憲法の保障する通信の秘密を侵害することはない」。「その実施に当たっては、憲法35条及び31条の法意に従った手続きを経て行うことが要請される」。本件における電話の傍受は、これらの要件を満たしていたと認められる。
(2)
「検証という証拠の収集方法は、人の五感の働きによって対象の存在、内容、状態、性質等を認識して、これを証拠とするのものであるから、電話の傍受等は一般にいって検証の対象となり得る」。電話の通信内容の傍受は、通話者を特定するための音声の性質や状態の知覚に止まらず、会話の内容を聴取するものであるから、その性質は取調べであって検証の範囲を超えるとの主張に対しては、「会話を聞き取り、その意味を認識する行為が検証として行うことが許されない性質のものとは思われない」とした。電話の傍受は、対象が存在しかつ特定していることを前提とする検証では行い得ないとの主張に対しては、「検証を行うことが不適当なほどその対象が不明確であったとはいえない」とした。
-----------おわり-----------

F(高校入試の問題文)
海城高校入試問題
加藤秀俊『日本人の周辺』
-----------はじめ-----------
インスタント食品の広告をみていて、おもしろいことに気がついた。それは、カレー粉にせよラーメンにせよ、しばしば「不時の来客」ということを、その販売上のキャッチ・フレーズにしている、という事実である。突然にお客さんがおみえになる。食事をどうにかしなければならない、しかし、急場のこととて、すぐにどうにか、というわけにはゆかない。そんなとき、このインスタント食品があれば、あわてず騒がず、すぐにおもてなしができます。だから、これをお買いなさい、というわけ。
こうした一連のインスタント食品が、お客のもてなしにふさわしい料理(?)であるかどうかについて、すくなくともわたしなどは個人的に疑間をもつ。しかし、一般的にいって、日本社会のなかで「来客」というできごとがどれだけ重要な位置を占めているかが、ラーメンをつうじて物語られている、というのは、たいへんに興味のあることだ。日本人にとって、「来客」というのは、大事件なのである、そのことは、日本の家屋の間取りをみてもわかる。
日本の家には、かならず「客間」という特別室があり、その特別室は、通常、家のなかのいちばん上等な部屋なのである。
他のふつうの部屋は、杉材でつくっても、客間だけは、ヒノキを使い、床の間をしつらえ、タタミも上等なものをえらぶ。わたしは、日本のあちこちの村の農家に泊まったことがあるから、そのことは、よくわかっている。
-----------おわり-----------

1分間の読書スピードの算出方法は、以下のような数式になっています。

600文字÷あなたの読書時間(秒)×60=毎分の読書スピード
A~Fの例文は、計測し易いように、いずれも600文字になっています。

1冊240ページの文庫本の小説を、休憩なしで集中して読んだと仮定します。それでも、分速600文字の人は、読破に4時間もかかってしまいます。現実には、多忙な毎日の中で生み出せる読書時間は、せいぜい1時間程度のものではないでしょうか。
書店で、その時点では相当な興味を持って買い求め、読み始めたとしても、翌日には、その感動が薄れてしまっている、というような状況になる可能性があります。1日が経過したことにより、せっかく前日に読んだ箇所に対する記憶が薄れてしまっているからです。だからといって、いちいち前の部分を読み返していたら、ちっとも前進することができません。仕方なく、記憶が薄れた状態のまま先へ先へ読み続けていくことになります。そうやって読み終えても、最初の部分に対する記憶はかなり曖昧になっているので、一気に1日で読み終えた場合と比べ、感動度が劣るのは否めません。それなら、長編映画を見終わった時のほうが、ずっと大きな感動を得られるでしょう。そうなると、あなたの興味は、小説を読むよりも、速くて端的に感動を味わえるレンタル・ビデオのほうに移っていくかも知れません。
ところで、映画も、例えば4分割して1週間置きに見たら、感動の程度はどうでしょうか? 日本テレビのアニメ『金田一少年の事件簿』は、3回~4回でようやく1つの事件が解決します。私も時々、子供に付き合って見てしまうことがありますが、前回のストーリー展開に対する記憶が相当に稀薄になっていて、まるで面白いとは思えません。
ところが、子供は既に漫画本でストーリーを知った上で見ているので、全体が最初から読めています。そこで、興味を薄れさせずに見ることができ、テレビ局のほうも視聴率の無惨な低下という目にも遭わず、放映を続けられるわけです。

1度に最初から最後まで見てしまえるか、それとも、細切れ状態でしか見られないかで、感動も興味の持続も、大きく変わってくることになります。
こういう比較で、いかに本を速く読む技術・能力が必要か、理解できたのではないでしょうか。


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