速読理論 『単語を探す』プロセスの自動化 | SP速読学院

『単語を探す』プロセスの自動化

 人間の頭の中にある、辞書についての説明をしましょう。
 側頭葉の一部分には、長期記憶のデータが保存されている部位があります。私たちが学校で習った事柄や、経験によって身につけた知識は、すべて一箇所に集められているのです。
 その中に、辞書としての役割を果たす部分があります。心理学の専門用語で、『心内辞書』と呼ばれる器官です。
 文章を読むとき、私たちは、まず目で文字の形を認識します。次に、文字の形を頼りに、心内辞書で言葉の意味を調べます。前述の《凝視》(048ぺージを参照)とは、これらの作業を行っている状態を指します。
 《単語を探す》プロセスとは、目で文字の形をとらえ、心内辞書で意味を確かめる作業です。この働きを受け持つのが、ワーキング・メモリです。
 前章でも触れたワーキング・メモリについて、ここで少し補足説明しておきましょう。
 文章読解の一連のプロセスを担当するのがワーキング・メモリだということは、既に説明しました。ワーキング・メモリの容量が無限・ならば、非効率な読みかたをしたところで、たいした影響はありません。しかし残念ながら、私たちのワーキング・メモリの容量は有限です。
 そこで、文章読解時のワーキング・メモリの容量がどれくらいあるのか、実験してみましょう。ランダムな数字、単語なら、人間は「七±二」の量を記憶できます。果たして文章を読みながら、同じ量を憶えられるでしょうか。

[問題1] 次の文章を読んで、【 】内のキーワードを書き出しなさい。

 私はその人を常に【先生】と呼んでいた。だから此処でもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは【世間】を憚る遠慮というよりも、その方が私に取って【自然】だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」と云いたくなる。筆を執っても心持は同じ事である。余所々々しい頭文字などはとても使う気にならない。
 私が先生と知り合いになったのは【鎌倉】である。その時私はまだ若々しい書生であった。暑中休暇を利用して【海水浴】に行った【友達】から是非来いという端書を受取ったので、私は多少の【金】を工面して、出掛る事にした。私は金の工面に二三日を費やした。 (以下略)

夏目漱石『こころ』


 いかがでしたか? すべて書き出せたでしょうか。
 続いて、次の問題に挑戦してみましょう。ただし、今度は少し難易度が高い問題です。

[問題2] 次の文章を読んで、【 】内のキーワードを書き出しなさい。一部のキーワードに、「辞書を引いて意味を調べること」と指示してあります。辞書が手元にある場合は、言葉の意味を調べてから続きの文章を読んでください。
また、この章の終わりに該当のキーワードの意味が記してあります。辞書が手元にない場合は、そちらを確認してください。

 私は【信頼】されている。私は信頼されている。先刻の、あの悪魔の囁きはあれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。【五臓】(※辞書を引いて意味を調べること)が疲れているときは、ふいとあんな悪い夢を見るものだ。メロス、おまえの恥ではない。やはり、おまえは真の勇者だ。再び立って走れるようになったではないか。ありがたい! 私は正義の士として死ぬ事ができるぞ。ああ、陽が沈む。ずんずん沈む。待ってくれ、ゼウスよ。私は生れた時から正直な男であった。正直な男のままにして死なせてください。
 路行く人を押しのけ、跳とばし、メロスは黒い【風】のように走った。野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを【仰天】(※辞書を引いて意味を調べること)させ、犬を蹴とばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。一団の旅人と颯っとすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。
「いまごろは、あの男も、磔にかかっているよ」ああ、その男、その男のために私は、いまこんなに走っているのだ。その男を死なせてはならない。急げ、メロス。おくれてはならぬ。愛と【誠】(※辞書を引いて意味を調べること)の力を、いまこそ知らせてやるがよい。風態なんかは、どうでもいい。メロスは、いまは、ほとんど全裸体であった。【呼吸】もできず、二度、三度、口から血が噴き出た。見える。はるか向うに小さく、シラクスの市の塔楼が見える。塔楼は、夕日を受けてきらきら光っている。 (以下略)
太宰治『走れメロス』


 問題の例文に示されたキーワードは、いずれも七つです。
 恐らく、七つのキーワードをすべて書き出せた人は少ないでしょう。しかも、問題1と比べると、問題2のほうが難しかったのではないでしょうか。
 通常、ワーキング・メモリの容量は「七±二チャンク」と言われています。『チャンク』とは、文字のかたまりという意味です。
 ですが、文章を読みながらキーワードを暗記しようとすると、ワーキング・メモリの容量は「四±一」まで落ちます。内容を理解するために使われる容量が、いくらか差し引かれるからです。
 しかも、情報を脳にとどめておける時間は、決して長くありません。
 下の図は短期記憶の保持時間を測定したデータです。
短期記憶の保持時間グラフ
 被験者に無意味な文字列(COU、XAKなど単語として意味をなさないもの)を記憶させ、一定の時聞を経た後でそれらの文字列を書き出させた実験の結果です。
 この問、被験者が憶えた文字列を頭の中でくり返したりしないよう、課題(三ケタの数字から、「三ずつ」引いていく逆算など)を与えておきます。逆算課題を解いている間を、短期記憶の保持時間とみなし、何秒で文字列を全く思い出せなくなるか調べてあります。
 図を見るとわかりますが、短期記憶の保持時間は非常に短いのです。ほんの三秒、計算をしただけで、人間は憶えた文字列の半分を忘れてしまいます。
 書き出せる文字列の数は、10秒で約20パーセント、15秒経つと10パーセントに減っていきます。このように短期記憶は、わずか20秒弱で消えます。
 問題2が難しいのは、文章を読んでいる途中で辞書を引いているからです。辞書を引いている最中に、私たちの記憶はどんどん失われていきます。
 単語の意味がわかったのにもかかわらず、辞書に戻ったら、それまでの部分を忘れていた、なんて経験はありませんか?
 また、こんなケースもあります。家を出てすぐ、忘れ物に気づいたとしましょう。急いで家に戻り、忘れ物を取りに自分の部屋へ向かいます。ところが、電話がかかってきたので、受話器を取りました。友人からの電話です。五分ほど話をしたあと、電話を切りました。ところが、何を取りに戻ってきたのかわからなくなっていた、こんな度忘れも、よくあることです。
 人間の記憶は、中断が起きると失われやすいという性質があります。私たちが度忘れするのは、物事を考えている途中で何か別のことに注意が向くからです。
 《単語を探す》プロセスで手間取っていると、せっかくインプットした情報はどんどん失われていきます。したがって、心内辞書で言葉の意味を調べる時間は、短いほうが良いと言えます。


《キーワードの意味》(『広辞苑』より)
「五臓」……【1】官報で、心・肝・脾・肺・腎の五つの内臓。【2】渾身。全身。
「仰天」……(驚いて点を仰ぐ意)非常に驚くこと。
「誠」……【1】事実のとおりであること。うそでないこと。真実。【2】偽り飾らない情。

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