速読ブックレビュー・書評

木村インストラクター書評『わりなき恋』

わりなき恋 (幻冬舎) わりなき恋 (幻冬舎)

岸 惠子 (著)
322ページ

孤独と自由を謳歌する、国際的なドキュメンタリー作家・伊奈笙子、69歳。秒刻みのスケジュールに追われる、大企業のトップマネジメント・九鬼兼太、58歳。容赦なく過ぎゆく時に抗う最後の恋。愛着、束縛、執念… 男女間のあらゆる感情を呑み込みながら謳い上げる人生賛歌。

【読書の所要時間】 1~3回目 各1時間20分(精読)、4回目 2時間30分(熟読)

「岸惠子」と聞いても、最近の若い方はピンとこないでしょうが、クラシック映画ファンの私には、大変なじみ深い女優です。1950年代から60年代にかけて、スター女優として人気を博しました。『君の名は』や『おとうと』が有名ですね。ちなみに私のお気に入りは『風花』。DVDかネット配信があれば、一度ご覧になってみて下さい。おすすめです。
 彼女はまた、国際派女優の草分けでもあります。フランスへ渡り、当地で映画に出演し、映画監督のイヴ・シャンピと結婚し、パリで暮らすこと40年。その間、日本とフランスを行き来するのはもちろん、世界各地を飛び回り、文筆家やドキュメンタリー作家としても活躍しました。非常にアクティヴな女性。
 アクティヴなのは仕事に留まりません。恋愛にも大変貪欲で積極的。いわゆる「恋多き女」。イヴ・シャンピとは、結婚生活18年目の41歳にして破局。以後、パリで若いツバメと散々戯れたと聞き及んでおります。つい先日、この本の宣伝も兼ねて『徹子の部屋』に出演していたのですが、まあ赤裸々も赤裸々。ここでは書けない内容満載。見ごたえ、聴きごたえ十分でした。黒柳徹子に恋愛トークを振れるのは、岸惠子を置いて他にはいないでしょう。
 そんな岸惠子の、小説家としての最新作が、今回取り上げる『わりなき恋』。70代に差しかかりながらも、年齢を感じさせず、アグレッシヴに仕事に打ち込む女性と、これまた世界各地をフィールドにハードスケジュールをこなし、今まさに六十の坂を越えようとするビジネスマン。女としても、男としても、人間としても成熟期を迎えて。でもどこか子供っぽいところもあって。そんなカップルの7年越しの恋。出会い。恋の始まり。燃え上がる恋。やがて漂う透き間風。関係の修復。安らぎ。落ち着き。そして、ある日突然、静かに訪れた終焉の時。
 ドキュメンタリー作家の女と、多忙を極める男。お互いに世界中が仕事のフィールドゆえ、逢瀬を重ねる場所も、日本国内に留まりません。パリ、モスクワ、ブダペスト、中国の蘇州… 果ては、オホーツクで流氷の上にまで立つ笙子と兼人。とにかくスケールが大きい。何事につけてもスケールが大きい印象。これぞまさしく「大河ロマン」。
 先月、先々月と続けて書評で取り上げた朝井リョウの作品とは、正反対の世界観。高校生活、ツイッター、就職活動。「いまどきの若者」のやることなすことが、ちっぽけで取るに足らないものに思えてきてしまうほど、岸惠子が描き出す世界は壮大です。
 これは、間もなく81歳を迎える岸惠子の自伝的小説ではないかと推測したのですが、『徹子の部屋』での本人談によると、全部がそのままでもないようです。実体験もある。けれど、そうでないところも多分にあるのだそうで。彼女曰く、「70歳を超えると、認知症だとか、介護だとか、ネガティヴで後ろ向きな話題ばかりになる。もうそういうのはやめにして、ポジティヴで前向きな話をしませんか。」という想いが、この小説にはこめられているとのこと。だから、笙子と兼人の恋は、俗に言う「老いらくの恋」とは違います。年寄り風情がみっともない。爺さん婆さんが年甲斐もなく。断じてそのような恋ではないのです。
 もちろん、何でもかんでも若い頃と同じようにはいきません。年輪を重ね、風雪に耐えてきた分、応分の痛みや苦しみも引き受けなくてはならない。大人の恋。
 久方ぶりの恋愛。眠りから突如呼び覚まされた笙子の精神と肉体は、驚きを隠せません。ずっと以前に夫を亡くし、フランスで暮らす一人娘や孫たちとは離れ離れ。また、兼人には兼人で、サラリーマン社会の流儀があり、妻も子もあります。それらが元で、衝突を繰り返し、傷つけ合う2人。恋の悦びやときめきだけでなく、諍いや足掻きや壮絶な大ゲンカまで含めて、岸惠子はそこから目をそらすことなく、まっすぐに見つめているのです。それはもう、読んでいて痛々しくなるぐらい。
 一方で、付き合い始める前段階での、恋愛の予感めいた描写には、良い意味でゾクリとさせられます。「美男というほどではないのに、なんとはない魅力があった。」(21ページ~22ページ)とか、「顔ではなく、その佇まいの静かさや、ゆったりとした優雅なしぐさのなかに人を惹き付けるものがある」(54ページ)とか、笙子が兼人に感じる男としての魅力は、いやに実感がこもっていて、リアリティがありますね。男は顔じゃない。なるほど。
 それとは別に、岸惠子の博学ぶりがうかがえる文体も、この小説の大きな魅力。交際に至る以前の男女関係を、アンドレ・マルローの言葉を借りて、「アミティエ・アムルーズ(恋に近い友情)」と喩え(67ページ)、あるいは、理屈ではどうにもならない恋のことを、清原深養父(きよはらのふかやぶ。清少納言の叔父。)の和歌から引用して、「理なき(わりなき)恋」と表現する(70ページ)。古今東西の文物を網羅していなければ、絶対にこうは書けません。同じ物書きの一人として、ここで断言しておきましょう。
 主人公の笙子と兼人もその点では同じで、2人が惹かれ合う理由の一つが、互いの知性や教養の豊富さ。デートの最中にさり気なく、嫌味ったらしくなく、チラリチラリと博識をのぞかせる。こういったあたりも、私は気に入っているのですよ。そのせいで、話があっちへ飛んだりこっちへ飛んだりしますから、鼻につく人には鼻につくかもしれませんが。
 ところで、小説には映画の話も時々出てきます。わかりやすいところでは、昔の映画のロケ現場(『第三の男』に登場した観覧車など)をデートスポットに選んでいますし、作品内容を引き合いに出して、交際の進展状況を形容することもありました。
 中で私が最も気になったのが、『かくも長き不在』という映画です。甘いロマンスも、アヴァンチュールのから騒ぎも、今は遠い昔。悪い意味で老成してしまい、男に色気を感じることすら絶えて久しい70歳、女一人。そんな女の前に、突如として現れた男。女心を否応なく絡め取っていく男の魅力に、女としての「かくも長き不在」を思わずにはいられない。そこで笙子は、自分自身の境遇と、映画の主演女優、アリダ・ヴァリのそれとを重ね合わせるわけです。
 さて、この映画。かねてから観たいと念じ続けてきて、観ないまま今日まできてしまったのですが。この小説を読んで、ますます観たくなってしまいました。どんな映画だろう。

(木村インストラクター 2013年5月)


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