速読書評『ふくわらい』

矢成インストラクター書評『ふくわらい』

ふくわらい (朝日新聞出版) ふくわらい (朝日新聞出版)

西 加奈子 (著)
264ページ

書籍編集者の鳴木戸定は、幼い頃、紀行作家の父に連れられていった旅先で、誰もが目を覆うような特異な体験をし、世間と自分を隔てる壁を強く意識するようになる。日常を機械的に送る定だったが、ある日心の奥底にしまいこんでいた、自分でも忘れていたはずの思いに気づいてしまう―。

【読書の所要時間】 1回目 15分、2回目 25分

主人公はあのマルキ・ド・サドをもじって名付けられたという鳴木戸定(ナルキド・サド)。マルキ・ド・サドに限らず、ジョルジュ・バタイユや彼らを日本に紹介した澁澤龍彦の作品は万人受けをするものだとは思わないし、私自身も彼らの作品を特別好んで読んでいるというわけではないが書棚で放つその妖艶さゆえにか嫌が上にも目についてしまう。読後の生理的な違和感は承知の上だが、なぜか「もう一度読んでみようかな」という裏腹な気持ちにさせられるのはまさに中毒…。極端に苦手なもの(自分の感覚を極端に裏表にひっくり返そうとするもの)には他の追随を許さない特別な魅力、恐ろしい中毒性すらあるのではないかという呪術めいた自論を再確認する意味で本書を手にした。

 本題の『ふくわらい』の内容については、結論から云うと良い意味で裏切られた…という感じでした。グロテスクな描写は勿論あるのだけれど予想外に読み易い。この描写は耐え難い…というほどではありません。キャラクター設定や小道具、人物の仕草、表情といった細やかな描写に一癖あり。そのどれもが油絵の具やクレヨンでギトギトに描かれたようなグロテスクとも鮮やかとも云える原色で彩られた世界観は南国の魚のようにエキゾチックでポップな雰囲気を醸しています。

 面白いのは感じるがままに勢いで書き上げたかのようで、その実、話の構成はしっかりしており『ふくわらい』という遊びが全体と細部にまで展開され、著者の感性と構成力のバランスの良さには感服させられるものがあります。

 『ふくわらい』とは顔のパーツの組み合わせとその関係性次第で結果として生じる全体性を楽しむ遊びですね。一つ一つのエレメントはそれひとつでも勿論認識できるものだけれど、それぞれが固有の磁気のようなものを帯びていてそれが他のエレメントと交わると化学反応するかのように意味合いが生じてくる。簡単に云うと、組み合わせ次第で意味合いが変わる。これはふくわらいに限らず他にも通じる現象ですよね。

 主人公の定は幼い頃からこの『ふくわらい』という遊びの虜となり、次第に平面上では飽き足らず、他人の顔の上で架空のふくわらいを楽しむという無作法な癖を身につけてしまいます。そんな定なのですが文字を組み合わせて文章を編む編集者という職業につき、仕事先や日々の生活の中でふくわらいとは違う表現方法で事態を成立させる人々と出会うことに。そして、それをきっかけに他を知り己を知るの如く云々と物語は展開していくのですが…。ここから先は結末に関係してくるので気になる方は是非一読し、楽しんでください。

 出てくる登場人物は誰も彼も個性的でその描写は魅力的です。個人的には小道具のセレクトが西加奈子作品で一番魅了された点です。他の作品も気になり幾つか読んでみたのですが、作品の一つの特徴として一人の主人公を軸に幼少期から現在までの過程、アイデンティティーの形成の過程を描いてるものが多いです。なので登場する小道具も懐かしのあれやこれやばかりで素敵なのですね。小道具の魅力に浸るというのもまた一興ですよ。

(矢成インストラクター 2013年8月)


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