速読書評『極北』

矢成インストラクター書評『極北』

極北 (中央公論新社) 極北 (中央公論新社)

マーセル・セロー (著), 村上 春樹 (訳)
377ページ

酷寒の迷宮、極限の孤絶 予断をゆさぶる圧倒的な小説世界―。
文明の残骸、絶望と飢餓――極寒の地で命をつなぎ、最果ての迷宮に足を踏み入れた私は…… 英国新鋭の壮大にして異色の長篇小説。

【読書の所要時間】 1時間(熟読~精読で1回)

言うまでもなく、私たちの生活は文明に支えられて成り立っている。「人間は文明に飼いならされた動物」という立花隆の言葉が示す通り、都市生活というオブラートに包まれながら日々を送る我々には原始的な生活は厳しすぎる。この小説はあくまでもフィクションだけれども、チェルノブイリや3.11を経験した後ではあまりにもずっしりと重く感じるものがある。

 物語の舞台は現在よりも文明がもう少し発展してから後の世界。主人公のメイクピースは幼い頃に父に連れられアメリカから極北の地へやってくる。その時代はグローバル化が進み世の中が均質化した世界であり、文明が自然を凌駕し、土地との対話を必要としなくなった時代。そんな時代にあえて父は娘を連れて、原始的な生活を送る為に極北の大地に向かったのである。
 物語はその後の世界、文明が崩壊してしまった時代から始まる。成長したメイクピースは荒廃した町の中で原始的な生活を営みながら同じような毎日を過ごしていた。そんな彼女のもとにある出来事が起き物語は大きく展開していく。
 
 翻訳者のあとがきにも書かれているようにとても意外性に富んだ作品であり、読みごたえのある小説だった。主人公の父の時代というのは現在の我々の時代と似通っているせいか、彼の原始的な生活への憧れは共感できるところもある。「生きる必要以上にややこしいものにした」我々の生活にはない静謐で豊かな暮らしが彼らにはあるように感じる。感じるというのはあくまでも写真や映像やさらりと通りから眺めて感じているにすぎないのだから本当のところはわからない。現実には文明が触れれば、そういった生活から離れていく人もいるのだから。
 この小説の中でも主人公は文明に飼いならされた人間の弱さ、土地に根ざした原住民の強さを感じながらも、繁栄した文明の証に触れ原始的な生活から離れ旅に出て行く。彼女はその証に人間の愚かしさだけではなく過酷な自然環境で生きる為の「希望」を感じたのであろう。文明に飼いならされてしまっている以上、我々は文明を捨て去ることはできない。文明と地球環境とが共生していく為にはどうすれば良いのか、この問題に対する昨今の意識の変化から研究が進み文明と地球環境とが必ずしも対立するものではないという一つの「希望」が見えてきたのではないだろうか。

(矢成インストラクター 2013年1月)


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